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空と太鼓

北海道岩見沢市の「atrier 花*杢」 太鼓の製作・演奏/造形制作/身近な自然と生活について /空と倉庫という猫ブログもやっています。

宮島・出雲〜龍と玉の旅〜 第3話

今回は、この旅のクライマックスです。では、スタート〜。
 広島を後にした花杢は、一路島根県出雲市へ向かいました。目的は日本随一の社としめ縄を誇る、出雲大社です。出雲は、大国主の国譲りで有名な地、そして10月に全国の神様が一堂に会して会談を行う地としても有名です。
 杢は、ちょっと心配なことがありました。「鈴持ってけ!」と言う指令で伊勢と天河の鈴を持って来ましたが、それは出雲の神様、大国主尊にとってはいわば敵対した神の鈴のようなもの。そんな鈴を持って参拝して、障はないのだろうか。と。でも、もう持ってきたものはしょうがない。直感を信じていくしかないと腹をくくりました。
 宮島と厳島神社でのことは、前日にフェイスブックに記事としてあげてありましたが、wifiの繋がらない環境にいたため、その後はチェックしていませんでした。出雲の宿に入り、ようやくwifiが繋がったのでしばらくぶりにフェイスブックをチェックしてみると、そこに仙台在住の友人からのコメントが。「今、出雲にいて、明日か明後日には厳島神社に行くよ〜。奇遇だね〜。」と。
 この友人とは、こういった不思議なシンクロが以前にも起こったことがありました。杢が出張で仙台を訪れた際に、仙台駅にその友人が勧めてくれていたお土産があることを思い出し、購入して帰ろうとしたことがあります。しかし、どこで売っているのかがなかなか見つからず、仕方がないので友人に電話をかけました。杢としては、売り場を聞こうと思っただけだったのですが、友人はその時列車で移動中で、電話がきたので車内では話せないと思い、ちょうど到着した駅で降りて電話に出たそうなのですが、そこがドンピシャで杢のいる仙台駅だったのです。その時は、友人の地元だし「こんな偶然もあるものかねえ。いや、偶然にしてはできすぎているから、会うべくしてあったんでしょうね。」などと話していたのですが、今回はお互いの生活には関係のない出雲の地、ましてやそこに来ていることすらも知らなかったわけですから、これはもう偶然な訳がありません。友人も、お互い逆ルートで進んでいるんだから、奇遇だなあ。程度に思っていたらしいのですが、まさか同じ出雲にお互いがいるとは思っておらず、あまりのシンクロに驚いていたようです。杢としても、一体、どうして友人とここで出会う必要があったのだろうか。と考えながら、次の日の朝に出雲大社で合流し、早朝の参拝をする運びとなったのでした。
 さて、その参拝の朝のこと。妻の花が何気なく窓を開け、わーすごい!と言うので、なんだろうとのぞいてみると、そこにはなんと龍の形をした雲が現れていました。花は龍とは思っていなかったようですが、その姿はまさに龍。それも右と左から2対の龍が顕れていたのです。そして、ゆっくりと目の前で融合し、一つの大きな龍となったのです。以前、こんな光景の写真をとあるブログで拝見したことがありますが、まさか自分もそんな光景を目にすることになるとは・・・。
 これは、今日は何かが起こる予感だぞ!と興奮を抑えつつ、友人と宿の前で合流し、出雲大社に向かいました。
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 今回の出雲詣には、伊勢神宮と天河弁財天社で購入した鈴を手首にまけるように細工して身につけていました。なんとなく、出雲でも新たな鈴を得て、三社統合となるのではないか。と考えていたのですが、探せどもそのような鈴はありません。「気のせいなのかな?」と思い、鈴は諦めて参拝を続けると、大国主尊が金色の玉に遥拝する像がありました。その像を見た際に、「今回は鈴ではなく、玉を得ることになるのかもしれない。」との直感を得ました。
 そういえば、話は戻りますが、その前夜のこと。宿には書籍コーナーがあり、出雲に関わる本がたくさん置いてあったのですが、その中で水木しげるさんが書き下ろした「水木しけるの古代出雲」という本がありました。面白そうなので読んでみると、そこには驚きの内容が。簡単に要約すると、水木さんの夢枕に夜な夜な古代出雲族の青年が現れ、「古事記には国譲り」などとさも和睦をしたようなことを書いてあるが、真実はそうではない。血塗られた争いの真実がある。水木よ、それを現世に伝えてくれ。と訴えたため、(その霊の願いを30年ほど放置したそうですが・・・)この本を書き下ろしたのだそうです。水木さんはとてもシャーマニックな方だと思っていましたが、そこまでとは。と思いながら読み進めると、今世に伝えられている神話とはかなり異なった衝撃の真実が描かれていました。常々、神といえど自分の統治する土地をそう簡単に譲れるものだろうか。と思っていたので、その本に書かれていたことこそ真実に思えてなりません。そしてそれが本当ならば出雲大社の意味合いも、変わってくるのかと思います。興味のある方は、一度ご覧になると良いと思います。




 












←大社の床面のこの円は古代社の柱の位置を示しています。


さて、出雲大社の早朝参拝では、大社を遥拝した後、祖鵞社、命柱社を、花と合流した友人と3人で巡り、友人とはそこで別れました。その間は特に何か驚くべき出来事があったわけではありませんが、遠い出雲の地で奇跡的に巡り会い共に大社参拝を行ったことは、きっとこ
れからの何かに繋がるのだろうと感じています。とても良い時間を過ごすことができました。



 友人と別れた後、花と杢は旅の終着地である日御碕神社へと向かいました。日御碕神社は交通機関のアクセスがあまり良くないため、タクシーで向かいましたが、タクシーの運転手さんから様々な出雲の神話・逸話を聞くことができ、これまで見聞きしてきたことが総まとめできたような時間となりました。日 御碕神社は、天照大神と素盞嗚尊が御祭神として祀られているあまり例を見ない神社ですが、タクシーの運転手さんが、「実は奥にもう一社あるんですよ。天照様とご兄弟なのですが、体に不具があってあまり他では御祭りされていない神様なんですけど・・・。せっかくですから、お参りされますか?」と言ってきました。その時はちょっと意味がわからなかったので、「それじゃあ。」と言ってお参りをしてきました。あとで詳しく調べてみると、その御祭神は「蛭子神」と言って、イザナミとイザナギの神が最初におつくりになった神であり、形ができなかったために葦舟に乗せて流され、その後の消息が不明になっている神様だそうです。とても小さな御社で、昔あった鳥居もなくなっていたそうなのですが、参拝すると御社の上に何かエネルギー体のような揺らぎが見えたように感じました。



 その後、最後に立ち寄ったのは「稲佐の浜」と呼ばれる浜です。ここは10月に全国の神々が降 り立つ浜であり、大国主尊がまさにそこで天孫族に国譲りをした舞台でもあります。その際に、国を譲るか、譲らないか。「否?然?(いな・さ)」と迫られたので「稲佐の浜」と呼ばれるそうです。ここは、とても美しい浜でした。弁天島はかつては海の中にあったそうですが、浜のテトラポット設営の影響で砂がたまり、浜と陸続きになったのだとか。おかげで、弁天島のすぐ下まで歩いていく事ができました。花が「浜の砂に砂金みたいなものが混じっている。というのでよく見てみると、確かに砂がキラキラしていました。
(後で調べると、それ は雲母とのこと)

 2人で砂を眺めていた時のこと。突然「ここで玉を得ることになる!」という直感を得ました。それと同時に「玉を探せ!」という指令が。その頃には鈴も玉も今回は無しだな。と思っていたため、「まさかこんなところに玉があるはずもない。あったら奇跡だろう。」と思いながらも、指令にしたがってあたりを見て歩きました。しばらく歩くと、砂団子のようなものがあり、「へ?これが玉?」と思ってその砂団子をコロコロと転がしながらふと横を見ると、すぐその横に白い数珠玉が2つ。
「!!本当にあった!これに違いない!」という気持ちと「ちょっとこれを持ち帰るのこわいな。本当に良いんだろうか。」という気持ちが交錯し、どうしようか迷いましたが、やはり直感を信じて持ち帰ることにしました。
 この玉は現在、稲佐の浜で作られた”神迎の塩”で御清めしており、機を見て鈴と繋ごうと思っています。
 稲佐の浜のすぐそばには、10月に八百万の神が会合をする御社もあり、そこも参拝したのち再び出雲大社方面に向かって歩いていると、左手に手置帆負命(タオキホオイノミコト)と彦狭知命
(ヒコサシリノミコト)の二柱の神をお祀りしている手斧神社というものがありました。見るとその2神は建築の神で、古代出雲神殿を造作した神とのこと。この神社に参拝し、花と2人でこれからのアトリエ花*杢のますますの成長を祈ろうということになり、その山、奉納山の山頂を目指しました。
 この山頂には神社と展望台があります。実は、今回宿泊した竹野屋さんの部屋からはこの展望台が見えており、昨夕そこに行きたいなと思って見ていたのですが、まさか偶然にその山にたどり着くとは。もう、偶然とも思わなくなっている頃だったので、最後のシンクロだなと思いながら登頂しました。
 
 手斧神社を参拝を終え、御社の後ろにあるご神木に目がいきました。なにやら書き記しがあるので見てみるとそこには「白龍大神」の表記が・・・。
 改めて、「この旅は龍神様に導かれた旅だったのだなあ。」と腑に落ちる結末と、そのご加護に感謝しつつ白龍大神にも参拝を終えました。
 最後に登った展望台からは出雲の街が一望でき、その景色を眺めながら今回の旅の様々なシンクロの不思議を思い返し、花*杢は北海道への帰路へと着いたのでした。
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(追記)
 出雲という地の中心には素戔嗚尊や大国主尊といった神々が表立って御祭られています。しかし日御碕神社では、天照大神と素戔嗚尊を祭神としているものの、宮司さんの背後には龍神の掛け軸がありましたし、最後の白龍大神のような自然神、そして私が朝見た龍雲など、その背後には様々な場面で龍蛇信仰があったように思えます。そして、出雲大社に入る前に参拝者が最初に参拝する祓社には4柱の祓井神(はらいどのかみ)が奉られていますが、その筆頭には今の世では隠されてしまった縄文の女神、瀬織津姫がいることもその確信を確かなものにしています。もしかすると、この先のいつか、出雲の地は水木さんの見た古代出雲へと本来の姿を取り戻してゆくのかもしれません。そんな予感を感じる旅となったのでした。
 宮島・出雲旅を終え、日常の生活に戻った昨日。何気なく前を走る車のナンバーを見るとそこには「88-88」という数字が・・・。旅の終わりは次の旅の始まり。まだまだ私の周りでシンクロは続いているようです。
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 長々と、とりとめもない話を書きなぐってしまいました。今まで、こういった神的な話は、現実の社会ではまだまだタブーだったり、胡散臭いと思われがちな気がしていたので自分の中で封印しており、特定の相手以外にはこうして外に出すことはありませんでしたが、私の中枢にはこういった「神様を敬う思い」が柱としてあります。だからといって、それが特別なことでもなく、今では当たり前のことであり、その思いを持ちながらも地に足をつけ現実の生活を重ねていくことが重要だと思っています。
 また、今後はこういう話もオープンにしていっても良い時期と感じており、今回のブログでは今までオープンにしていなかった自分の考えを記してみました。
これによって、ちょっと距離を置こうかなと思った方もいるかもしれませんが、必要な方とはさらにつながりが深くなるものと思っています。
 とりとめもない文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。それでは、また。
アディオス・アスタレーゴ!!
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杢 内山 貴雅
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